私を照らさない光

アイドリッシュセブンを褒めたいとき、我々は「アイドルがリアルに描かれている」という表現をよくする。実際、アイドリッシュセブンはアイドルをとても誠実に描いた作品だと思う。ただの男の子が、光り輝く星のように見えるのはなぜか。アイドルはファンに何を求め、ファンはアイドルに何を求めているのか。アイドルを苦しめるのは何か、アイドルを奮い立たせるものは何か。もちろんこれらの問いに正解なんてない。それに、アイドリッシュセブンで描かれるアイドルやファンの感情や行動は、ポジティブなものだけとは到底言えない。読んでいて辛いシーンも少なくない。だけど私にとって、アイドリッシュセブンは間違いなく光のコンテンツだ。アイドルがひしめき合い、情報が氾濫するこの時代に、アイドルを見失ってしまう人、何を探して求めているのか分からなくなってしまう人はたくさんいると思う。そういう迷子を導いてくれる、まさに星のようなコンテンツ。それがアイドリッシュセブンだ。

アイドルを傷つけるのは、いつだって好きの感情なんだよ。

言わずと知れた、Re:valeの百さんの名言である。残酷なまでに真実で、目を背けたくなるくらい生々しいセリフだと思う。好きだから、応援してるから。そういう理由で、無邪気に願望や感情をぶつけてしまう気持ちが、わかってしまうから。自分も、幾度もやったことがあると思うから。無責任で悪気のない愛を容赦なくぶつけて、受け取ってもらえると信じてしまう幼さに、覚えがある。本当にそうなのかもしれないと思うし、きっとそうなんだとも思う。私たちの「好き」の感情は、アイドルを傷つけるかもしれないものだ。

対アイドルに限ったことではなく、私たちの感情は遍く他者を傷つける可能性を持っている。ポジティブな感情は特に、意識することなく表に出してしまうから怖いと思う。アイドルは近くにいて、同時に手の届かないところにいる存在だから、友人家族に対して言葉を発するときより無責任になりがちだ。

かつての私はそれが怖くて、アイドルを愛することに強く罪悪感を覚えていた。だけど、アイドリッシュセブンを通して、もしかしたらアイドルたちはそういう無責任さをも肯定してくれる存在なのかもしれないと思えるようになった。それがいいのか悪いのか、私には分からないけれど、自分が救われたことは揺るぎない事実である。

一方で、アイドリッシュセブンのアイドルたちに、私たちの「好き」は届かないこともまた、事実である。いくらリアルに描かれていても、やっぱり彼らは画面の向こうにいる存在だ。それは寂しくもあるけれど、私にとっては概ね安心材料でもある。届かなければ、傷つけることはない。

どんな困難が彼らを襲ったとしても、泣きながら、怒りながら、それでもどこかで「きっと悪いようにはならないはず」と信じていられる。それは、アイドリッシュセブンがフィクションだから。最悪の事態は起こらない。すべての困難には、必ず意味がある。そう信じていられるのは、何と楽なのだろう。

ただし、摩擦はゼロとする。

空気抵抗はないものとする。

物理の問題につきまとう但し書きを連想する。アイドリッシュセブンは摩擦や空気抵抗を描かない、アイドルのイデアのような物語だと思う。リアルで誠実だけど、現実には存在し得ないアイドルたち。アイドリッシュセブンは摩擦や空気抵抗を排除することで、私の中の加害性を優しく覆い隠してくれているような気がする。

この話はフィクションです。

そう書き添えるように、いつも私を安心させてくれる。辛いことがあっても、大丈夫。明日もまた、いいことがあるよと、雨の後には虹がかかるよと、教えてくれる。そんな優しいコンテンツだ。

現実では、そうはいかない。どんなに環境を整えて慎重にことを進めたとしても、不測の事態やノイズは必ず生じる。ことアイドルに関しては、その不安定さは加速する。健やかで幸せでいて欲しいといくら願っても、もっと大きな力に阻害されてしまうことが有り得る。それは災害であったり、病気であったり、事件であったりするわけだが、そういう出来事が続くと応援したいという気持ちは弱ってくる。こんなに遠くから声を上げることに意味があるのだろうか。応援って、何をすればいいんだろう。毎日毎日眺めて知った気になっていても、やっぱり私は私の好きなアイドルのことを知らなくて、それに打ちのめされながらもなお好きだと思う。

疲れる日もあるし、罪悪感や自責に苛まれることもあるけど、アイドルを愛することをやめられない私にとって、アイドリッシュセブン北極星のようであり、オアシスのようでもある。私を照らしてはくれないし、迎えには来てくれないけれど、いつもそこにある。それだけで、歩きやすくなることがある。摩擦も空気抵抗もない世界に没入することで、ほっと呼吸が楽になるときがある。

ありがとう、アイドリッシュセブン。リアルでいてくれて。フィクションでいてくれて。

これからもどうか、そこに在り続けてくれますように。